長崎の由来や、歩んできた歴史をご紹介します

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歴史探訪

長崎県長崎市歴史探訪
長崎市の概要
長崎市は、九州の長崎地方の中心的な都市であり、長崎県の県庁所在地です。地形の特徴から斜面に多くの住宅地が建っているため、階段・坂の街としても有名でもあります。江戸時代に唯一海外(オランダ・中国)に向って開かれていた港町であり、当時の名残を伝える史跡が点在しています。そのため長崎はどこか異国的でロマンチックな情緒のある街であり、特にポルトガル、オランダ、中国の文化が融合しているまちです。
また広島市に次ぐ世界史上2番目、そして現在のところ最後の原爆被災都市でもあります。

長崎市のあゆみ
長崎の歴史的歩みは異文化との交流によって発展していったといえます。天文12年(1543)種子島にポルトガル人が漂着しました。その後、ザビエル一行が鹿児島に上陸し、新しい武器と新しい宗教の渡来で、日本文化は歴史的変動と多大な刺激を与えられました。そしてキリシタン大名として有名な大村純忠は、ポルトガル船との貿易を求め、元亀元年(1570)に長崎の入江を開港し、ひなびた漁村であった長崎が一躍世界でも有名な港まちとして知られる程になりました。その後キリスト教の急速な布教に伴い、幕府は警戒を強め、慶長19年(1614)に禁教令を発令しました。各地で貿易も制限をされましたが、寛永12年(1635)長崎だけが貿易港として許可され、出島を築いてポルトガル人を収容しました。のちに「島原の乱」が起こるとポルトガルとの貿易を禁止するとともに平戸のオランダ商館を出島に移し、完全な鎖国体制を完成させました。長崎は鎖国時代唯一の世界の窓口として、経済的・文化的に繁栄する異国情緒豊かな商業都市として成長していきました。
明治時代の長崎は、鎖国から開国へと進み、異国情緒ただよう国際都市として、鎖国時代と変わらない繁栄を続けました。その後、5ヶ国と修好通商条約を結び、横浜、函館とともに長崎も新しい時代の自由貿易港として開港しました。
平成17年1月4日、長崎市、香焼町、伊王島町、高島町、野母崎町、外海町、三和町の1市6町が合併して、新しい長崎市が誕生しました。

長崎市の名前の由来
長崎の由来は、その昔長崎市の南方に「ながい岬」があり、そこから長崎の地名がついたといわれています。他には中世に「長崎氏」という豪族がこの地に住み着いたためこの地名がついたという説もあります。


長崎市の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
 長崎市歴史民俗資料館
住所: 〒850-0048
長崎県長崎市上銭座町3-1 [地図を見る]
電話番号: 095-847-9245
開館時間: 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日: 月曜日、年末年始(12/29〜1/3)
入館料: 無料







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